完成

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声は響かない。
実験器具の無機質な振動と、液体と気体がはじけて混ざる音。
それがこの部屋のBGMだ。
そこに私の声は必要ない。
この部屋の主役は、私ではないからだ。
君にはこの音も聞こえるだろうか。
もし聞こえるのだとしたら、この私の呼吸音、鼓動音、これらもまたBGMに過ぎない。
この世のすべては、この私の作品のためにこそある。
人々の悲鳴は君に快楽と愉悦を与えるアトラクション。
作りあげた造形は君に破壊されるために作られ、これより生まれてくるすべての者、物、モノ……
それらはすべて、君に跪くために生まれてくるのだ。

ようこそ、神。
ここがオラクル。
君の使命は、この世界を浄化することだ。

「ファースト。 君の名はファーストだ」
「……」
「1番目……最初の私の作品……いや、最初の新人類……」
「君が神だ」
「……」

状態は良好のようだ。
外見は人間とまるで変わりない。
服を脱いでの身体検査をされてもバレる余地はまるでないだろう。
体内にフォトンが通っていない弱点は結局改善できなかったが、そういった障害を持って生まれる人間がアークスシップ内にいることは既に調査済みだ。
つまりこの身体は、なんら不自然な点のないまさに「人間の身体」なのだ。

こちらに襲い掛かってくる様子もない。
行動制御、知能の方もかなりの成果が出ているようだ。
試しに服を与えてみる。

「……」
「……素晴らしい」

何のよどみもなく、袖を通る頑強さを備えたしなやかな腕。
大地を踏み殺すような重厚かつ柔らかな脚。
一つの芸術品のような美しさ、妖しささえ感じる。

「名前を言ってみろ」
「……ファースト」
「そうだ」

記憶も問題なし。
自然な会話に関しては、まだまだ鍛錬が必要だろう。
画像認識……ディープラーニングと同じだ。
問題ない。
記憶ができるということは、学習ができるということだ。
学習とは、「記憶し分けること」なのだから。

「ファースト、何か食べたいものはあるか?」
「……」
「まあ、わからんか……この世界のことなど」

知らなくていいことだ。
この世界は一度消えてなくなり、やがて新世界にふさわしい、選ばれし人間だけで構成された真に平和な世界が訪れる。

「ファースト、君が覚えるのは君の使命を完了した後の世界についてだけでいい」
「……君の使命は、この世界を一度滅ぼすことと」
「そして、その後再生された世界の神として君臨することだ」
「君はその過程で、不要な人間はためらいなく殺す。殺されるために生かされてきた”家畜”と同じようにね」
「彼らは殺されるのを望んでいるんだ、わかるかい?」
「……」

無言でうなずくファースト。
少々言葉が難しいかと思ったが、内容は理解したようだ。

「……フフ」

ふと時計を見る。
そろそろ来客の時間だった。
ちょうどこの機会を使って、ファーストの知能テストを行おうと思っていたが、これだけの行動を行えるのならば、このテストも意味のないものとなるだろう。
それでも、客にこのファーストを見られるわけにはいかない。
それに、一つだけ、小さい懸念もある。

「ファースト、ここで何もせずにじっと待っていろ。 私の呼ぶ声が聞こえた場合は、その場所へ来い」
「……」

これだけの高度な知能だ。
主である私が目を離したすきに、勝手に行動するということもありうる。
いうなれば、人間に近づけ過ぎたがあまりの弊害。
この世界に蔓延る”猿”となり果ててしまった可能性。
私の作品からそんなものが生まれるなど、考えただけでも恐ろしいものだが、そういうものだろう。
この世の中、上手くいったと思ったことほど、油断せずに警戒しなければならないのだ。



午後4時。
紺のストライプスーツを着た男が、何やら物々しい黒スーツの男を両側に連れ、研究室の中へ入ってきた。

「やあ、ガラテア……久しぶりだな」
「……ふ、久々だ」

アークスの緊急任務総司令、セルゲイ・アークネス
旧知の仲だ、特に態度を改める必要はない。
私はひじ掛けを使って頬杖をついたまま、膝を組み、投げやりな声をかけてやった。

「相変わらずだ、ガラテア……その容姿以外は」

ヤツも正面のソファーにどかっと腰をおろすや否や、スーツの内ポケットからタバコを取りだし、ジッポライターで着火する。

「トレジャラー・ブラック。世界で最も高級なヤツだ。厳選に厳選を重ねた上質なヴァージニア、黄金色のティップペーパー……最高級素材オンリーで作られた、至高の一品だ」

セルゲイはどうだ、とこちらへタバコを差し出すが、手をひらひらと振り断る。

「ふ……まあ、いかに高級とはいっても、所詮は紙巻煙草。もともと庶民向けの嗜好品なんだが、生憎と葉巻は置いてきてしまってな」
「そう言う問題じゃアない。私は煙草はやらんよ」
「今度プレミアム・シガーを見せてやろう、きっと世界が変わるぞ」

相変わらず人の話を聞かない男だ。
そんな心もとないという言葉ですら表現しえない棒切れ一本で世界の何が変わるものか。
私の心情を察してか、セルゲイは軽く頭を下げ、徐に煙草の火を消した。

「エトナと、連絡は……」
「とっていない」

室内が沈黙に包まれる。
何を考えているのか、大体察しはつく。

「……ハイラントはもう死んだんだ」
「……」
「お前にとっては不幸な事故だった……アークスとしても、今後はあのようなことがないよう周知徹底している」
「せめてエトナを幸せにしてやってくれ。あのままでは見るに堪えない」
「……」

私の頭の中で、線が焼ききれるような感覚が生まれ始める。
ちりちりと、脳の奥の方を焼かれるような。
怒りの感情なのだろうか。
それとも哀れみの感情なのだろうか
二つが混ざり合って、何とも言えない感覚、それが脳から胸へと伝わってくる。

「エトナは今も……ハイラントを蘇生させるなどという馬鹿げた研究を続けている」
「ガラテア……彼女を止めてやってくれ。悔しいが、私では無理だった」
「エトナは私ではなく、お前を選んだ……だからこそ、私の言葉は届かないのだ……いかに彼女を思っても……」

そのセルゲイのような物体の音を受けて、感情は胸から、口へ。
感情が言葉となって、発せられた。

「困るのか」
「……なに?」

困惑した表情を浮かべているようだ。
だが、もうこの”猿”に用はない。
研究は完成した。時は満ちたのだ。

「ハイラントが蘇ると何か困ることでもあるのか」
「な、何を馬鹿な!死んだ人間を蘇らせるなど、あってはならない!自然の摂理に反しすぎている!」
「だからどうだというのだ、自然の摂理に反しているからどうだというのだ」
「……ガラテア」

猿は愕然とした表情を浮かべた後、目をつむる。
まるで安い3流の劇場にいるようだ。
だが、不思議なことにこの猿は、それで私に何かしらの感情が生まれることを望んでいるらしい。
不思議なものだ。

「お前も……しているというのか、ハイラントを蘇らせるなどというバカげた研究を……!」
「我が子の受けた不幸を取り除くための研究……何もおかしいことではないと、私は思うがね」

猿がおもむろに右手を上げる。
すると、両脇の猿共がこちらへ銃を向けた。
もともとそういう魂胆だったのだろう。

「私は……お前の研究を既に知っていた」
「この会話で、お前がハイラントの研究を止めてもらえると……そう信じていた」
「エトナと幸せに過ごしてもらいたいと思っていた」
「成果はあったかねセルゲイ君。徒労だったようにも思えるが」
「ガラテア、エトナ……お前たちの研究は、アークスの……いや、全宇宙の自然に逆らうおぞましい研究だ」
「たとえ旧友といえども……いや、旧友だからこそ、お前たちを止めないわけにはいかないのだ……」
「……」

正面の猿が目を見開く。
その眼には涙があふれていた。

「すまない、ガラテア」

破裂音とともに、無数の激痛が私の身体を襲った。
熱い、痛い、目の前が紫に染まっていく。
さて。
この痛み。
どうかえしてくれようか。



「……!!?」

セルゲイは目を疑った。
両脇の護衛が攻撃に用いた銃は機関銃。
短時間とはいえ、発砲した弾丸の数はどう甘く見積もっても100はくだらない。
死んでいる、たとえアークスであろうと確実に死んでいる。
だが、なぜか旧友は立っていた。
旧友だから立っていたのではない、そんなバカなことはありえない。
撃たれた個所から流れる紫の毒々しい血液のような何か。
そしてもはや人間のそれではなく、異形としかいいようのないほどに変形した腕。
それらがすべてを物語っていた。

「ガラテア……お前、お前っ……その、その腕……腕ッ……!!?」
「セルゲイ君、妙だとは思わんのかね。エトナと私が同じ研究をしているのならば、なぜ私たちはわざわざ離れて研究をしているんだい」
「怪しまれないようにするため?ならば今の私のように、まだアークスたちに発見されていない未開の地にこうして研究所を立てればいいだけのことだ。現にここは、君のような旧友たち以外にはまだ知られていないのだ」
「ガラテア……お前は……何を……」
「私はね、エトナの下らん蘇生術になんぞ興味はないよ。興味がない、使えん女だと思ったから捨てた、それだけのことなのさ」
「私の研究にあの女は不要だ」
「……」

絶望に染まり切った表情を浮かべるセルゲイ。
心なしか、ガラテアの表情が醜い笑みを湛えて歪んだように見える。
まるでその瞬間を待ち焦がれていたかのように。

「私が何をしているのか、自分の身体に何をしたのか知りたいらしいじゃないか。旧友として、冥土の旅の手土産代わりに教えてあげよう」
「私の身体がこうなったのは……自然なことなのさ」
「自然なこと……だと」
「意図的であり、自然。そうするしかなかったってことさ」
「私の研究は大変危険なものでね。私自身がある程度強くなきゃ、色々と面倒なんだよ」

両腕がビキビキと不気味な音を立てて歪み、肥大化して変形していく。
刃のように変形したその腕は、やがて完全に形状を固定した。

「さて、もう他に手土産は必要ないね、セルゲイ君?」



言い終わるが早いか否か、鮮血が部屋の中に吹き飛んだ。


青、緑、白、黄色、様々な機器の光はこの部屋を照らしきるには心もとなかった。
しかし、彼はただじっと待っていた。
心もとなさも、不安も、恐怖も、期待も、何も感じることなくただ待っていた。
そう言われたからだ。

背後から、自動扉が開く音が聞こえる。
彼はゆっくりと振り返る。

「……ファースト、素晴らしい。よく待っていた」
「……」
「さあ、始めるぞ。まずはテストだ。惑星アニマへ向かう」
「……」

無言で歩みを進めるガラテアに、彼もまた無言でついていった。

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